私は田口推しです(現在進行形)という話

今日は、5月7日(土)。

もう、5月に入って1週間経ちました。10Ksオーラスからそろそろ1週間。そして、田口くんがKAT-TUNという船を降りて、1ヶ月と1週間。


3月31日のあの日、きちんとお別れの言葉を書けなかったことがずっと、私の中で気がかりでした。私が私のために、区切りをつけるために、田口くんへの気持ちを綴りたかった。

オーラスを終えて私は、11月24日からの日々を、何かの儀式のように、取り憑かれたように振り返りました。外にも出ず、大好きなTwitterも見ず、ロクに食事もせず、延々PCの前で、時々TV録画を見返しつつ、私が過ごしてきた日々はなんだったのか振り返りました。


11月は、とにかく衝撃を受けていました。受けないはずがない。

私はね、上田担ですが田口くんのことも大好きなんです。それゆったらゆっちもかめにゃんも大大大好きですけど、とりあえず今日は君の話ですよ田口くん。

初めて田口くんの『FLASH』PVを見せてもらった時、びっくりした。ホントびっくりした。こんなカッコイイ人が人間界に存在するの? 地上にいていいの? って思った。周囲のダンサーさんたちと、まるで作画が違う。同じ人間とは思えない端正な美貌。9頭身。

それから田口くんの天真爛漫なパフォーマンス、音楽の素晴らしさ、生の喜びを全身で体現するようなダンスを観ていると、多幸感をおぼえることに気づいた。

すらりとした長身、長い手足を伸びやかにしなやかに、キレよく華やかに。田口くんのパフォーマンスは「陽」であり「光」であり、「生」の躍動感があります。
人を惹きつけ、魅了する力がある。


それでいて無邪気な笑顔を見せ、アンコールの最後まで客席へ大きく手を振り、スベることを恐れずギャグを繰り出す姿に、女子アイドルを応援したいと思う時と同じ、あなたのメンバーカラーであるオレンジ色のサイリウムを振りたいという気持ちになった。

まだ担当を決めていなかった頃、田口くんを絶賛してばかりいた私は「田口担になるんですか?」と言われたこともあります。上田さんへの信仰心の強さから、「上田担」を名乗ると決めてからも、「田口推し」であることもプロフィールに記載していました。


私はKAT-TUNオタになる前から、女子ドルオタです。

女子アイドルは、初めから「終わり」を示唆されています。長く続くグループには、卒業というシステムが整備されている。それ以外でも、アラフォーやアラサーのジャニーズはいても、アラフォーやアラサーの女子アイドルは基本的にいません。

いつか終わる儚く美しい夢物語、その中の女の子に、私は生まれて初めての「推し」を見出しました。

それ以来、私にとって「推し」とは、こんな気持を抱かせてくれるひとのことです。

私はあなたがアイドルの道を選んでくれて嬉しいよ。アイドルとしてのあなたを応援するよ。いつか、あなたがアイドルじゃなくなる日がきても、ずっとずっとあなたの幸せを願ってるよ。

田口くんは私にとって、そんな気持ちを抱かせてくれる稀有な男性アイドルのひとりでした。

私は田口くんが褒められ愛でられている様を見るのも好きで、田口担の方もたくさんフォローしています。有難いことに、リアルでお会いする方も多いです。田口くんも、田口くんを愛する人たちも、私は大好きなんです。


それなのに、退所って! 脱退って!


まさか女子ドルを差し置いて一番最初に見送る「推し」が、田口くんになるとは思いませんでした。そんな物語は想定していなかった。


12月は脱退ネタを積極的に笑いへと昇華するタメ旅に泣き笑い、お誕生日企画で田口くんへの惜しみない愛を表す少プレに泣きました。最後の最後まで、ベクトルや手法や切り口は違えど、どちらの番組も愛に溢れていました。

KAT-TUNは、田口くんは、こんなにも愛されているのに、なぜ。


「なぜ」と問うことを、私はなかなかやめられませんでした。

それをやめようと決心したのは、田口くんの一万字インタビューでした。

私がKAT-TUNに興味を持ったのは、去年の1月。ほんとうに短い間ではありますが、田口くんの今や過去の発言に触れ、言動を見聞きしてきた私にとって、田口くんほど、KAT-TUNをやめそうにない人はいなかった。

他メンバーが最初はKAT-TUNをキライだったと言う中、田口くんひとりだけが、最初からKAT-TUNを好きだと言っていた。

それにアイドルの田口くん、KAT-TUNの田口くんはいつも、とってもキラキラしていた。アイドルはあなたの天職で、あなたが心からアイドルという職業を楽しんで、その役目を全うしていると、私は無邪気に思い込んでいた。


だから田口くんが脱退と言い出すなんて、よっぽどの理由がないと有り得ない。

そうでないなら、私の中で積み上げてきた「KAT-TUN田口淳之介」という虚像は根本的に誤っていたのか、田口くんは本当は好きでも幸せでもなかったのだろうかという不安がありました。


一万字インタビューを読んで、不安は払しょくされました。田口くんはやっぱり、私の思い描くとおりの「KAT-TUN田口淳之介」でした。田口くんはKAT-TUNが好きで、KAT-TUNであることを誇りに思っていて、アイドルであることを楽しんでいた。「やっぱり田口くんは、私の好きな田口くんなんだ」と確信できました。

そのうえで、明確な脱退理由は明かさないと決めた、あなたの覚悟の圧倒的な美しさと気高さに震えました。


最後の日まで、「もっともらしい理由」や「やさしい嘘」で世間やファンを欺くことを選ばず、どんな憶測が流れバッシングが飛び交おうとも、あなたは明確な理由も、この先の道も、語ることはなかった。

KAT-TUN田口淳之介」の中の人、生身の田口淳之介を守るための、己の保身のためだけの行動は一切ありませんでした。

田口くんはそうすることで、「KAT-TUN田口淳之介」というアイドルを、その姿を愛したファンの気持ちを守ったのかな、と私は思っています。

まあそれは私の憶測でしかありませんが、私は私の憶測を信じるので、それなら田口くんが選んだ美しい幕引きに、私の欲望で泥を塗るわけはいかない。田口くんが理由を語らないと決めたなら、私はもう「なぜ」をぶつけるのはやめよう、と思いました。


クリスマスイブ、ボロボロになって帰宅して、「モニタリング」でドッキリにかけられたあなたが、騙すために費やされたスタッフ演者の皆様の労力に感謝しているのを見て、またその心の美しさにうたれました。

カウントダウンコンサートは、最新のあなたが最高の美しさを見せてくれて、KAT-TUNの四人はキラキラと輝いていて、こんなにも美しいかたちを失うのだなあと胸が張り裂けそうでした。



この半年、私はずっと「辞めてほしくない!」という欲望と、「それが君の幸せに続く選択なら尊重したい」という理性に引き裂かれるような心地でした。

「こんなに素敵な田口くんには、アイドルを続けてほしい」
「田口くんに幸せになってほしい」

ふたつの願いが同時に叶えば最高でした。でも、それが叶わない。それが私の悲しみでした。



1月から3月は、私の生活が激動で、特に3月は満足に追うことが出来ずじまいでした。

立て続けのリリース、それに伴うテレビ出演、雑誌掲載。嬉しい出来事も多かった。

あなたのいないツアー告知を受け、あなたと会う機会のないまま別れることが決定的になり、3人のKAT-TUNとこれからの田口くんを応援しよう、と決めた、その決意が固まる前に告げられた「充電期間」。その翌日、あなたの「春カモン」発言。


ユアタウントーキョー渋谷へ向かう電車の中で、私は狂ったようにTwitterへの投稿をやめませんでした。あの時なにか吹っ切れました。あなたがどこまで意図していたのか、憶測しかできませんが、まあ他意はなく勢いだったのかなって私は思ってます。

「あーもー負けた!」「いや最初から負けてた!」って感じでした。

だってもう笑うしかねーだろ! ちょっと前に「さようならがあたたかい」でオイオイと思ってたら、「春カモン」に「感謝の気持ちナイナイナイスガイ」って! ハッピークレイジーラブリーアイドルモンスターすぎるよ!!!

でも、それが、私の好きな田口くんだなーって、妙にあたたかな気持ちにもなったんです。

だから、残りの時間を、「KAT-TUN田口淳之介」を、出来るかぎり全力で楽しませてもらおうと思いました。


3月25日のMステ、TVで最後に見た最新の田口くん。全力120%のパフォーマンスで、最後までニコニコ冗談を言って、最後の瞬間まで美しく愛らしく親しみやすく超絶カッコイイ「KAT-TUN田口淳之介」でいてくれて、私は幸せでした。

11月24日から3月31日まで、悲しかったけど、いっぱい笑ったし、いっぱい楽しませてもらいました。



……そんな怒涛の日々を、5月の今更ながら振り返り終え、抜け殻のようにベッドに倒れ込んで思ったのは、「夢みたいだったなあ」でした。


私は2015年の1月に初めてDVDを見て、KAT-TUNのファンになりました。田口くんを生で観たのはたった2回です。その間にも、田口くんの笑顔に歌にダンスにギャグにたくさんたくさん幸せをもらいました。

でも、やっぱり、たった1年ちょっとは、短すぎる。

いつも穏やかに笑う田口くんがいる幸せな日々は、長いようでいて夢みたいに一瞬で、まるで実感のないまま、いつの間にか終わっていた。


サマーミーティング、出来るだけ多くのお客さんに見えるように出来るだけ近くにと、舞台のギリギリ端っこまで前に出て、In Factのイントロを全力で踊ってくれた田口くん、穏やかな笑顔を絶やさずハイタッチに応えてくれていた田口くんが、私が最後に、生で目に焼きつけた田口くんの姿でした。

あれが最後の機会になるなんて、思わなかった。最後にしたくなかった。



そして夢が終わった実感もなく、時間に追われ過ごしていた4月1日。休憩中Twiterを開いた私の目に飛び込んできたのは、早すぎるSNS解禁。

13時間前にファンがお別れのことば投下して泣いて公式のページが3人になってるの見て泣いてたのに、早速SNSに画像掲載解禁て! しかもジムで身体鍛えてるって!

どこまであなたは私たちの予想を超えてくるんでしょうね! って躁状態キメて軽口叩いてたら、

翌日も出てくる。何なら退所直前より頻繁に目にしているのでは…?

それにしても、自分がSNS始めるのではなく、他人のSNSに定期的に登場するって新しい。でもこれが、田口くんの見せてくれる新しい夢の形なのかな、それとも特に他意はなくその場のノリなのかな。それはまだ、わからない。わかるのは、この私の理解や想像の範疇を軽々超えてくる田口くんが、私は大好きだということ。

とはいえ、まさか東京3DAYS中に写真出てくると思わなかったがな!


4月のっけからこんな日々が続いて現在進行形で混乱させられてるから、11月24日からの出来事や自分の感情を振り返って整理したい~なんて思ったけど、何の整理もつかなかったよね。まあ自分の気は済みましたんで、やってよかったんですけど。


KAT-TUN田口淳之介」がいなくなってしまったこと、もう4人のKAT-TUNを生で観れないことは今もさびしいです。純粋にさびしい。

だって私は4人のKAT-TUNをもっともっと観ていたかった。4人のKAT-TUNと10周年を祝いたかったから。10Ksは超絶めちゃくちゃ楽しかったけど、それとは別にさびしい。

これはもう、たださびしさを味わうしかないんですよね。自力で状況変えられないし、というか過去を変えたいわけでもないし。いつかこのさびしさが、今より薄れる日を、待つしかない。


「田口くんにアイドルを続けてほしい」という欲望は、もはや叶うことがなくなった。今の私が願うのは「田口くんに幸せになってほしい」しかありません。


あと、「自分の人生だから頑張れ」。

天の声さんが言った、この言葉に尽きるよなーーーーーと、タメ旅長崎SPを見返してあらためて思いました。

働いていくうえで自分の中の「男」部分を強化しているため、職業人として働く男性に私は「同じ男として」という感覚を持ってしまうんですが、その「同じ男として」、田口くんは素晴らしい職業人だと思ってるし、自分が選択した人生をしたたかに歩んでゆく力のあるひとだと思ってる。自分よりはるかにプロ意識高くて沢山のことを成し遂げている、尊敬すべき相手に、私は心配とか同情とか出来る身分じゃない。

だから、「自分の人生だから頑張れ」だなって。


田口くんは田口くんの選んだ道で、頑張ってね。幸せになってね。

美しく気高い田口くんの、キラキラした10代・20代の青春のひとときを、アイドルとして捧げてくれて、ありがとうね。本当に、本当に心の底から、ありがとう。大好きです。

私の中で「KAT-TUN田口淳之介」というアイドルは、キュートでひまわりのような笑顔、太陽のような明るさ、アンドロイドのような美しさを持つ最高最強のジャニーズアイドルです。これは譲れません。田口淳之介というアイドルの素晴らしさを、私はこれからも語り続けます。

田口くんのパフォーマンスからはパワーをもらえます。田口くんは静止画より、動画で見たい。もっと言えば生で観たい。長い手足が風を切る音がきこえるような、あの躍動感あふれるダンスを、鼓膜にやさしくやわらかく響く歌声を堪能したい。その機会を、また与えてくれるというなら、私は金を出し惜しみません。


ねえ、田口くん。現在進行形で、私は田口推しですからね。もしまた、田口くんが舞台の上に立ってくれるなら、全力で応援しますからね!

覚悟しとけよ!!!! またな!!!!!!!(財布を振りかざしながら)